日野七福神めぐり(その3)

ウォーキング日野市

2024年1月5日(金)晴れ,-1℃~13℃

日本付近は高気圧に覆われて晴れて暖かくなった。日本海の北から寒気が南下してきた。八王子でも朝から晴れて、風も穏やかになって、日差しが暖かくなった。

◎ 夜6kmランニング
21時21分、4℃。微風で冷えて、足指がかじかんでユックリペース。出だしですぐに左靴紐がほどけて結び直した。その後もペース上げられなかった。(1km)6分20秒 (2km)12分04秒[5:44] (3km)17分11秒[5:06] (4km)21分52秒[4:41] (5km)27分00秒[5:07] (6km)31分52秒[4:52]

日野七福神めぐり(その3)

2024年1月3日、日野市内の七福神めぐりで、浅川南岸の3寺を経て、浅川北岸に移って、下流側から上流へ向かった。の4寺のうち西側の2寺をお参りして、JR豊田駅に着いた。

○ 浅川

5番目の安養寺から南西に向かって国道20号日野バイパスを横切って、浅川の高幡橋北詰に着いた。浅川北岸から上流へ向かった。上流側には富士山が見えるが、この日は曇っていてぼんやりしか見えなかった。(11km高幡橋北詰)145分

⑥ 延命寺(寿老尊)
浅川北岸の市民プールを通過して、13時すぎに、延命寺に着いた。(12km延命寺)153分

有王山地蔵院延命寺のご本尊は鎌倉初期の延命地蔵菩薩で、秘仏として厨子内に安置され、住僧一代一度の開扉がしきたりで、俗に枕返し地蔵と呼ばれている。開基不詳だが、南北朝時代の創始とも言われる。

「寿老尊」は、長寿と智恵をさずける福神。中国生まれの人物と言われ、長い白髭をはやした小柄な老人で、経巻を結びつけた枝を手に持ち、長寿の象徴である鹿と描かれることが多い。当山所蔵のご尊像は、延命長寿のご利益があると伝えられる。

⑦ 善生寺(大黒天)
延命寺から西へ約1kmで善生寺に着いた。(13km善生寺)165分
善生寺は1645年に豊田村の領主であった旗本大久保勘三郎忠良が、前年22歳で亡くした息女善生院殿妙蓮の追福のために、大久保一族が信仰していた法華宗総本山本成寺(新潟県三条市)の末寺として開創した。
善生寺の敷地内には1879年から1942年まで現在の日野市立第二小学校の前身である豊田学校があった。
お寺の裏山には、1995年に善生寺開創350年と釈迦生誕2560年を記念して建立された大仏がある。

「大黒天」はインド出身の神様で、仏様の教えを戴き布教しながら人々をお守りする神様。黒く粗末な姿は休みなく布教する姿。福徳円満な姿は仏織のお心を表している。慈しむ眼で働けば、小槌から福が無量に得られることを示している。

○ JR中央本線豊田駅

善生寺から北西へ進んで、13時半、JR中央本線豊田駅前に着いた。(13.9km豊田駅)180分

コメント

PAGE TOP
タイトルとURLをコピーしました