渋谷・鹿児島おはら祭 を見た

景色-東京23区

2024年5月26日(日)曇,17℃~25℃

日本付近は高気圧に覆われて広く晴れたが、太平洋南岸の前線がしだいに近づいてきて西日本や東海、関東などの太平洋沿岸では雲が広がってきた。八王子では午後は曇りで南風が強く吹いた。

◎ 第44回スポニチ山中湖ロードレース大会(ハーフ)に出場した

渋谷・鹿児島おはら祭とは

◎ 「渋谷」と「鹿児島」の縁は古く、渋谷一帯を所領していた相模国の豪族渋谷氏は、鎌倉幕府の源平合戦の功により、はるか薩摩の地、今の薩摩川内市あたりに所領を得て一族をあげて移住した。薩摩での渋谷家は五家に分かれ、土地の名を取り、入来院氏、祁答院氏、東郷氏、高城氏、鶴田氏を名乗った。
江戸時代、三田・高輪にあった薩摩藩邸は海の近くで黒船来航による砲撃の危険から、島津斉彬は内陸部の渋谷区広尾(現・國學院大学キャンパス)に新しく屋敷を求めた。
◎ 「渋谷・鹿児島おはら祭」も、その流れをくむ「ふるさとへの思い」を強くするお祭りで、当時の渋谷区長と鹿児島出身の経済人の尽力で、平成10年に始まった踊りパレード。

◎ 毎年5月中旬の土日に、渋谷109前を交通止めにして、道玄坂・文化村通りをメイン会場に「渋谷・鹿児島おはら祭」が開催される。関東連と鹿児島連の約70連、約2,600人もの踊り手が「おはら節」「渋谷音頭」「ハンヤ節」「TOKYOオハラ」を踊りながらパレードを繰り広げる。
沿道では、鹿児島の物産展や観光案内なども開かれる。

第21回(2018.5.20)

各連は、鹿児島県内の市町村や団体、首都圏在住の鹿児島県出身者などで構成され、鮮やかな法被や衣装を着て楽しく踊っていた。

パレードは、2曲踊ってから5分の休憩を入れて進んだ。

第22回(2019.5.19)

踊りのパレードは、109前を通って文化村通りへ進み、東急本店前でUターンしてくる。

第24回(2024.5.20)

屋久島連の先頭では、観光大使の歌手・西田梨沙さんが凛としてカッコよく踊っていた。

hachi-tamaーchannel
作成した動画を友だち、家族、世界中の人たちと共有

INTERNATIONAL OHARA が熱く踊っていた。

コメント

PAGE TOP
タイトルとURLをコピーしました