浅草名所七福神めぐり(その2)

ウォーキング・浅草名所七福神めぐり

2026年1月7日(水)曇り/晴れ,-2℃~5℃

日本海を進む低気圧や前線の影響で、日本海側は雨や雪となり、関東も午前中は雲が広がった。気温は全国的に上がらず、真冬の天気になった。八王子でも午前は雲に覆われて、最高気温は5℃だった。高尾山の上空に雲が垂れ込めていた。

◎ 夜8kmランニング

19時50分、気温2℃で冷え込んでいたが、今年初の富士森陸上競技場の地域開放日に走りに行った。多くの市民がトラックやフィールドで練習をしていたので、つられていつもより速くなった。5kmでガーミンの電池切れになったが、概ねキロ5分ペースで8kmまで走った。(1km)5分59秒 (2km)11分33秒[5:33] (3km)17分01秒[5:27] (4km)21分58秒[4:55] (5km)26分35秒[4:38] ~(8km)

浅草名所七福神めぐり

2026年1月6日、浅草名所七福神の9社寺をめぐるウォーキングは、矢先稲荷神社→鷲神社→吉原神社を経て、4番目の橋場不動尊へ向かった。

橋場不動尊:布袋尊

吉原神社から浅草の北東へ進むと、隅田川の白髭橋西詰の南に、橋場不動尊がある。(御徒町駅から5.0km)

橋場不動尊は、天平宝字4(760)年に開創された。江戸時代には、周辺の武家の尊信をも集め、明治末年の大化、関東大震災、そして昭和20年3月の東京大空襲の際にも、不動院を中心とした橋場の一角だけは災禍をまぬがれたことから、霊験あらたかな橋場不動尊として広く尊信されている。


現在の本堂は、1845年建立のもので、小堂ながら江戸時代の建築様式を保ち、美しく簡素なたたずまいを残している。

不動院の布袋尊像は、江戸時代の頃から伝わるもので、肩に袋がなく、お腹が袋代わりの形をしている珍しいもので、大きな度量、清く正しい行為の福を授けてくれる布袋様そのものといったお姿で、古くからに尊信されている。

石浜神社:寿老神

橋場不動尊の400m北、隅田川の白髭橋北西岸沿いに石浜神社がある。(〃5.4km)

石浜神社は、724年、勅願によって鎮守され、関八州の庶民が伊勢参宮にかえて当社に詣で、おはらいを受けた。

当地は東に隅田川、西に富士、北に筑波を遠望する清浄な地で神域にふさわしく、隅田河畔の名所として江戸庶民の信仰厚く、隆昌をみたので「隅田名勝八景」「江戸名所図会」「東都歳時記」などにとりあげられている。白ひげ西地区再開発事業により1988年に現在地に遷座した。

寿老神は、中国に古くから伝わる道教の祖、老子が仙格化されたものといわれる。この神は南極星の化身ともいわれ、白髪長頭で長寿の福徳を記した巻物をつけた杖を持つ姿が描かれる。また、齢二千年の玄鹿をはべらせているときもある。

今戸神社:福禄寿

石浜神社から隅田川沿いに1kmほど南へ下って、桜橋の西へ向かうと、今戸神社がある。(〃6.7km)

今戸神社は、1063年、源頼義・義家父子が、勅命によって奥州討伐の折、浅草今之津(現在の今戸)に京都の石清水八幡を勧請したのが創建になる。
当地は昔から今戸焼という焼き物が盛んで、今戸焼で招き猫がつくられていたため、「招き猫発祥の地」とされる。

良縁、縁結び、夫婦円満の聖地としても名高い。境内にはたくさんの絵馬が奉納されている。

福禄寿は。白髪童顔の温和な容姿で、年齢は数千年といわれ、福(幸福)と禄(生活・経済の安定)と寿(健康にして長命)との三つの福徳を授ける福の神として人々の尊信を集めている。

コメント

PAGE TOP
タイトルとURLをコピーしました