泉岳寺赤穂義士祭 へ行った(2024年)

景色-東京23区

2024年12月16日(月),-1℃~13℃

冬型の気圧配置が続き、日本海側の北海道、東北は雪、北陸では雪や雨、西日本では雲りになった。太平洋側は乾燥した冬晴れで、八王子でも氷点下になった。

◎夜8kmランニング

19時40分、5℃、ラン出。今季初めて上下ウインドブレーカで走った。真冬の冷え込みの感じで、両脚付け根の痛みは気にならなかった。(1km)5分54秒 (2km)11分47秒[5:53] (3km)16分59秒[5:11] (4km)21分53秒[4:54] (5km)27分00秒[5:06] (6km)31分52秒[4:51] (7km)36分30秒[4:38] (8km)41分20秒[4:50]

泉岳寺の経緯

港区高輪にある泉岳寺は、慶長17年(1612)に江戸城近接の外桜田に創建され、寛永18年(1641)の大火で焼失後、現在の高輪に移転再建された。この移転の際、浅野など五大名が尽力したことで、檀越となった。

また、泉岳寺は、赤穂藩主浅野家の菩提寺であったことから、元禄15年の義挙(1702年12月14日)の後は、赤穂四十七義士の墓所となった。

泉岳寺赤穂義士祭

赤穂義士の誠心や武士道を称え供養する「赤穂義士祭」は毎年4月と12月に行われており、2024年冬は12月13日(金)~15日(日)に開催された。

期間中は、参拝(山門開放)、記念館開館、財界二世学院赤穂義士行列などが行われ、週末で好天にも恵まれて、すごく多くの来訪者でにぎわった。

◎12月14日の様子

14時35分、泉岳寺中門に着いた。すでに大勢の参拝者がいた。

中門から山門に至る参道には、お土産物屋や露店が並んでにぎやか。

山門は普段は閉じられているが、この日は開門されていた。

山門を入ると、正面に本堂があり、玄関前に長い行列があった。

本堂の西側に、赤穂義士墓地があり、その入口まで長い行列になっていた。

14時45分、参拝にはすごく時間がかかりそうで、義士行列の時間が迫ってきたので、いったん外へ出ることにした。

泉岳寺赤穂義士行列

1950年に東京で最初の赤穂義士行列が行われ、1991年からは、財界二世学院の行事として、主君の仇討ちを終えた赤穂義士に扮した四十七士が銀座方面から泉岳寺まで練り歩いてくる。

2023年までは、12時に中央区役所前で出発式が行われ、東銀座の歌舞伎町前に立ち寄って、昭和通りを通って新橋へ向かうコースだったが、2024年は、12時に歌舞伎座で出立式を行った後、銀座4丁目から歩行者天国を通って新橋へ向かい、港区役所前で記念撮影、芝増上寺を経て泉岳寺に到着するコース。

泉岳寺のHPなどでは、泉岳寺に「15時30分頃到着予定」と掲載されていたが、財界二世学院HPでは「14:40頃到着」とされていた。

そこで、14時50分頃から、国道15号泉岳寺交差点北側で待機した。

15時2分頃、意外に早く、義士行列一行が交差点に着いて、泉岳寺方面に坂を上ってきた。

義士行列も国際色が豊かになった。

一行はアッという間に通り過ぎて泉岳寺方面に進んでいったが、歩道は大混雑でこれ以上フォローすることはできなかった。

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